フクロウ学園
トップページ|歴史目次
中学1年 社会 歴史
紀元前5世紀頃 仏教の誕生
仏教は紀元前5世紀頃、インドの王族シャカ一族の豊かな生活をしていたゴータマ・シッダールタ=釈迦(シャカ)が、人生の苦に悩み苦行の末、「苦しい修行をすることで心の迷いを取り去りこの世の苦しみから逃れられる」という悟り(まよいがとけて真理を理解すること)を得て教えを説きました。
この教えを仏教といいます。
仏陀といいます。
紀元前後になると、苦しい修行をすることで救われるという戒律(戒は自分を制する誓い、律は集団での生活のルール)が厳しい教えに対して、仏にすがって救われようとする教えが生まれました。
苦しい修行の仏教を上座部仏教といいます。仏にすがって救われようとする仏教を大乗仏教といいます。
おもに大乗仏教がインドの北西部から中央、中国に伝えられるうちに、釈迦の教えが漢文に翻訳され、それが6世紀に日本に伝わりました。
仏教は初めのころ円輪や菩提樹によって教えを象徴させていました。
紀元前4世紀に、ギリシャのアレクサンダーがインドまで遠征したことで、ギリシャ文化が西アジアに伝わると、その影響を受けました。
紀元1世紀末ごろから、釈迦や仏の像をつくったり、絵を描いたりすることも始まりました。
【例】
雲崗の石仏:中国北部に雲崗石窟にほられた石仏。顔立ちが東方的で、このあと竜門では衣装が中国風になり、日本に伝わったときには、髪が極端な巻き毛(螺髪)になりました。
シャカの説法:シャカが最初に5人の弟子に教えを説いた様子をあらわした彫刻。
ガンダーラ仏:波のような髪や衣装の自然なひだに特徴がある仏像。
こうした動きの中心はインド北西部のガンダーラ地方でした。
仏像は、ガンダーラからシルクロードを通って、中国に伝えられる間に、しだいに顔立ちや衣装が、東方のものに変わっていきました。