フクロウ学園

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中学2年 社会 歴史

1879年 教育令

 教育令は、1872年に出された法令の学制が、各地の実情に合わないために、学制の内容を大幅に緩めた法令です。

 1879年9月 文部大輔(もんぶたいふ)の田中不二麿がアメリカ人の学監(学長・学校長の命を受けて学務を執り、学生を監督する職員)マレーに起草させ、地方に即したアメリカ流の自由主義的教育行政を目的とした教育令を出しました。
 この教育令は、学制と比べて、主学義務期間を短縮したり、学区制を止めて小学校の設置や管理を町村に委ね、公選制の学務委員を置き、私立学校設立を届出制にしました。
しかし、教育令は就学率の低下や私立学校等の増加を招きました。
 1880年12月 文部卿河野敏鎌(こうのとがま)のもとで改正教育令をだしました。
改正教育令は、町村のh総学校設置を義務付け、学務委員の選任制や私立学校の認可制など文部省・府県による教育の奨励・監督を再び強化し、新たに修身教育の強化を図りました。
 1886年 学校令が出されて、改正教育令は廃止されました。